微小管研究

月田(承)の学位論文は、「神経軸索内輸送の形態学的基盤」というもので、もともと微小管研究にかかわっていた。 20年くらい前に、神経軸索内での物質移動が、微小管にそった膜小胞の輸送に他ならないのではないかという結論を、局所冷却法の開発により明らかにしたのが、デビュー作である。 この仕事は、軸索内輸送の古典的仕事として今でも引用され続けている。 その後、繊毛運動におけるダイニン腕の動きを急速凍結電子顕微鏡法でとらえるという仕事をした後、それがきっかけとなって筋収縮の解析へと転じ、それ以来、微小管と関わることはなかった。

7,8年前に、ERATOプロジェクトを始めるようにお誘いを受けた。その時、当時の大学での研究の5年後に役に立つような、研究の将来を見据えたプロジェクトを始めて欲しいというお話だった。当時、オクルディンがみつかり、タイトジャンクションの研究が軌道に乗り始めたばかりだった。ただ、このまま研究が進めば、必ず、上皮細胞の形態形成、極性形成の問題に取り組まなければならなくなる。そこで、キーポイントとなる構造は、やはり微小管ではないかと考えるようになった。

こんな経緯で、微小管研究を本格的に始めてみようという気になった。 キネーシンやダイニンといった、今はやりのテーマではなく、微小管ネットワーク全体の極性がどう決定されるか、とか、微小管と細胞膜の相互作用の基盤となる分子群はどのようなものか、とかいった問題に、じっくりと腰を据えて取り組んでみようと思い始めた。

その後、研究の場はERATOプロジェクトから大学(発展事業)に移ったものの、いくつかの興味深い研究が進みつつある。

微小管はそのマイナス端で中心体に結合しており、そのプラス端を細胞膜側に向けているので、その両端における制御機構を調べようとしつつある。

1.マイナス端の解析:

マイナス端側に関しては、中心体付近に集積し、中心体の複製等に重要な役割を果たしていると思われる、PCM−1と呼ばれる蛋白質からなる全く新しいオルガネラ 「Centriolar Satellite (SC)」の同定に成功した (Kubo et al., J.Cell Biol.1999)。このSCを細胞から純粋な形で精製し、その構成成分と機能を一挙に明らかにすることを目指している。さらに、マイナス端側の重要な因子であるガンマチュブリンの解析も進めてきた。哺乳動物に2種類のガンマチュブリンが存在することを初めて明らかにし、それぞれのノックアウトマウスを作製することにごく最近成功した (Yuba-Kubo et al.投稿準備中)。このユニークなマウスの系を用いてガンマチュブリンの機能を明らかにすることを目指している。

2.プラス端の解析:
プラス端側に関しては、さらに大きな成果を得ることができた。微小管のプラス端と細胞膜の間に存在する蛋白質を追求する過程で、癌抑制遺伝子産物APCが微小管上をプラス端へ向かって運ばれ、プラス端に粒状に溜まることを見い出した(Mimori-Kiyosue et al., J.Cell Biol. 2000)。 この成果は、微小管研究のみならず癌研究にも大きなインパクトを与えた。その後、我々はAPCに結合する蛋白質として EB1と呼ばれる蛋白質に注目し、この蛋白質が微小管と細胞膜の相互作用において重要な役割を果たすことを示してきた (Mimori-Kiyosue et al., Curr.Biol. 2000)。このあたりの成果は、JCBにReviewを書いているので参考にされたい(ここをクリック)。我々は純粋に微小管の動態の観察から独自の考えでこのような研究を展開してきたが、全く異なった視点からいくつかのグループが微小管のプラス端の研究を同時に開始しており、この数年の間に全く新しい研究分野が急速に成長しつつある感がある。 多くの情報が生まれ若干混乱している現状を、我々独自のGFP (green fluorescent protein) を用いた高分解能観察と分子生物学的手法を組み合わせることにより整理し、微小管プラス端の分子生物学を大きく発展させることを目指している。